見よ、その方が雲に乗って来られる。すべての人の目が彼を仰ぎ見る。ことに、彼を突き刺した者どもは。地上の諸民族は皆、彼のために嘆き悲しむ。
八千代台教会の元牧師、大橋弘先生の著書『夕あり朝ありき』(ヨルダン社刊)に、先の戦争で陸軍南方軍総司令部第七飛行師団の特攻隊員だった田中静夫さんというクリスチャンが語られた話が出てきます。田中さんがある時、声をつまらせて大橋先生に次のような話を聞かせてくれたそうです。
その時、田中さんたちの部隊は南方のある島にいました。しかし米軍の総攻撃を前にして、島を捨てることになりました。将校と兵士は皆、飛行機に分乗できました。しかし看護婦の乗る余地がなかったのです。置いていこう、ということになりました。その時、茂木一等兵という人が、私は乗らなくてもいいから、ぜひ看護婦を乗せていってくれと叫んだそうです。結局、茂木一等兵が残り、代わって看護婦を押し込めるようにして、田中さんの操縦する飛行機は飛びました‥‥。
茂木一等兵の消息は、そのまま不明であるということです。南の島に果てたのでしょう。田中さんはこのことを大橋先生に話している間、涙を流し、何度も目に手をやったそうです。そして、「茂木さんはクリスチャンでした」と言いました。
大橋先生は次のように書いています。「そうだったのか。日本のキリスト教史にも、そういう殉教があったのか。餓死室の囚人に代わったコルベ神父、洞爺丸で救命具を青年に渡して海に消えたリバー宣教師。私が聞かされていた殉教者はそのような人物であった。茂木一等兵の殉教は、なぜ伝わらなかったのだろう。伝えることよりも、事実を否定されたからではないか。コルベ神父やリバー宣教師には、語り伝えられる状況と人があった。しかし、神の目には同じことである。それでいい。キリストは誕生された。そのキリストにふれた人生を、田中さん、茂木さんは歩まれたのだ。」
多くの人々が、誰知らぬところで命を落としていきました。国家指導者の過ちとマスコミの扇動によって、惨禍を味わうのはいつも民衆です。しかし指導者とマスコミを誤らせるのもまた民衆です。戦前の日本の軍国主義を支持したのも国民であり、ヒトラー率いるナチスを熱狂的に支持したのもまたドイツ国民であり、ブッシュ大統領の暴力を支持しているのもまたアメリカ国民なのです。
茂木一等兵の話を知ったときに、神に従おうとするひとりの人間の愛というものを思わざるにはおれませんでした。そして、たとえこの世では良い思いをしたとしても、最後に主が必ず正しい裁きをなさることを、忘れてはなりません。そしてそこに真実の慰めがあります。
自分のことばかりではなく、隣人の救いのために、そして国家と世界の救いのために祈るものでありたいと思います。
(2005年8月)